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”獄門鬼”マサ斎藤、逝く




閲覧ありがとうございます。
ミシェル・マーティンです。
(以下、全て敬称略)


プロレスラーのマサ斎藤さんがお亡くなりになりました。
享年75歳。

マサ斎藤さんについては、Wikipediaを御参照願いたい。

猪木・新日本プロレスでは反体制派のイメージが強かったが、私はマサ斎藤さんのことは好きでした。
(以下、マサ斎藤)

私が最も新日本プロレスを好きだった時期は1981年~1984年まで。

タイガーマスクやコブラを中心としたジュニアヘビー級の大戦争。
藤波辰爾vs長州力の名勝負数え歌。
猪木vsホーガン、アンドレ、マードック、ブッチャー・・・。
そして、ラッシャー木村率いる新国際プロレス軍団、長州&マサ&カーンらの革命軍との軍団抗争。
前田日明&高田延彦、藤原喜明ら、第一次UWF勢の台頭。

当時、プロレスファンというよりも、新日本プロレスのファンだった。
外国人レスラーは見劣ったが、全日本プロレスのヌルイ試合には全く興味が無かった。


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後に、タイガーマスク引退に端を発した移籍騒動が複数年に渡って起こり、プロレスに対する情熱が失せていった。

第一次UWFが活動停止になり、新日本プロレスへ参戦。
時期をずらして、長州力やSSマシーンらも新日本プロレスへUターン参戦。

馳浩というゴールデンルーキーや武藤敬司の帰国で若手レスラーの試合がテレビ中継されるようになった為、マサ斎藤や坂口征二らベテランは隅へ追いやられる格好に。



マサ斎藤といえば、巌流島での猪木戦が有名。
巌流島以外では、AWA王座奪取やベイダー登場時のタッグパートナーなどが記憶に残る。


私がマサ斎藤を好きだったのは、アマレスの動きを試合で見せてくれてたから。
これに尽きる。

今に始まったことではないが、ラリアットやパワーボムばかりの展開が目立つ。
それこそ、前座の試合、休憩前の試合でも連発されている。

東京ドームをはじめとする大会場での興行が増えたせいか?
近年は、やたらとロープへ振るシーンがあり、プロレスリングではなく、完全に“プロレス”になった。


マサ斎藤の代名詞、それは捻りを利かせたバックドロップ。

ノアのマサ北宮が風貌そっくりの後継者的存在になってるが、バックドロップも決め技として受け継いでほしい。
あの田吾作スタイルのタイツ、無精ヒゲ、監獄固め・・・。

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[ 2018/07/19 07:00 ] プロレスリング | TB(0) | CM(0)

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