大仁田厚によって、シンデレラ・ストーリーを歩んだ“極悪大王”ミスター・ポーゴ






閲覧ありがとうございます。
ミシェル・マーティンです。
(以下、全て敬称略)


今朝、日刊スポーツ紙hpを見て知ったのだが、元悪役プロレスラーのミスター・ポーゴさんがお亡くなりになりました。
享年66歳。

また一人、プロレス界を盛り上げた名レスラーがこの世を去りました。
合掌。




私が最初にミスター・ポーゴを知ったのは、新日本プロレスのIWGPタッグリーグ戦だったと思う。
ケンドー・ナガサキのパートナーとして参戦。
ウィキペディアを見ると、藤波辰爾&木村健悟の保持するIWGPタッグ王座に挑戦歴があるとのこと。

「IWGPタッグ王座に挑戦!」といっても、当時の新日本プロレスはどん底の時期。
長州力らの大量離脱で慢性的な人員不足に陥っていた為、挑戦権が回って来ただけの事。
評価されての抜擢ではなかった。


レスラーの人員不足に悩んでいた新日本プロレスは苦肉の策として、全日本プロレスからのレスラー引き抜きを実施。
ブルーザー・ブロディを筆頭に、米ダラス地区で人気を博していたエリック兄弟が新日本プロレスに参戦しました。
ケンドー・ナガサキ(桜田一男)もその際、移籍してきた一人だった。


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ブロディ&スヌーカ、エリック兄弟は観客動員に貢献。
大阪城ホールなどのビッグマッチでファンを熱狂させるファイトを魅せてくれた。

だが、しかし・・・。

ケンドー・ナガサキは然したるインパクトを残せぬまま、いつの間にか新日本プロレスからフェードアウト。

ケンドー・ナガサキはパッとしなかったが、ミスター・ポーゴはもっと地味で目立たなかった。
私自身の主観だが、影が薄かった。


そのミスター・ポーゴが大仁田厚の立ち上げたプロレス団体「FMW」に参戦。
奇抜な数々のデスマッチ抗争を長きに渡って繰り広げることに。

大仁田厚のおかげで、ミスター・ポーゴは悪役レスラーとしての地位を確立。
インディーズ・プロレス界のスターにまで上り詰めた。


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ミスター・ポーゴのブレイクは奇跡的と言える。
私は今も大仁田厚のファンだが、それ以上にミスター・ポーゴのことが好きで好きでたまらなかった。
ポーゴ中毒といえた。


古いプロレス・ファンなら覚えてるだろうけど、私はインディーズ団体のW☆INGプロモーションが大好きでした。
W☆INGプロモーション  (伝説のデスマッチ団体)」(2015/07/30投稿)


理由は単純明快。

ミスター・ポーゴがトップヒールとして、時にはベビーフェイス軍のエースとして闘っていたから。
ミスター・ポーゴを「ポーゴ!」、「ポーゴ!」とコールできることは私にとって至福の悦びであり、快感でした。


話が長くなったので、今日はこの辺でやめときます。
続きは、後日に。

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[ 2017/06/26 06:49 ] プロレスリング | TB(0) | CM(0)

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